Nittoの遊具は人からできている――「代表取締役社長 山中慎吾」

更新Nittoの職人たち

「遊具はとても地域性の強い業界です。そのため地元の代理店さんとの付き合いだったり、自治体の多様なニーズだったり、『地域の絆、人とのコミュニケーション』をベースに置くのがニットという会社です。今年はオリンピックイヤーですが、それを特別に意識することなく、地に足のついたビジネスを考えています」

今年の展望について語るのは、8年前に社長に就任して以来、個性的なNitto社員をまとめてきた代表取締役社長の山中慎吾(63歳)。長らく営業管理畑を歩んできただけに、冷静かつ戦略的にNittoという会社、さらには遊具業界を見据えています。

自分よりも社員、自分よりもお客さま――。周囲への感謝を忘れない姿勢は、社長になっても変わりません。今回はそんな「気配りの職人」のお話です。

北海道から宮古島まで飛び回った青年時代

山中のキャリアは41年、そのほとんどが営業管理です。各地の代理店との付き合いを活かしつつ、工場と巧みに連携しながら、遊具出荷までの全業務を担います。大局的な見地と、細やかな配慮――。異なる能力が要求される難しいポジションです。

「お客さまの意向をしっかり聞き出し、ニットの工場へ伝える。これが遊具メーカー、そして営業管理の役割です。お客さまばかり優先すれば工場が大変です。とはいえ工場の意見を聞き過ぎれば、今度はお客さまのニーズを満たせない。昔も今も、人とのコミュニケーションや絆が重要です」

地元を大切にしつつ、Nittoの仲間も尊重する――。山中が身につけた「気配り」は、若い頃からの多くの経験が育んだスキル。それは社員に簡単に教えることはできないものです。自分のスキルを語ることの少ない山中ですが、社員の多くが自然と気配りができるのは、彼なりのある種の‶社員教育〟かもしれません。

ところで、社長に就いた今の姿とは異なり、‶若き山中〟はどのような営業マンだったのでしょうか。

「それこそ北は北海道から南は宮古島まで、ものすごい数の案件を手がけましたよ。あまりに多いから、どの遊具が好きとか、どの仕事が印象に残るとか、正直覚えてないと言うか、選びようがないです。ただ、ギネス記録にもなった『ムカデ雲梯』もそうですが、今の工場長と技術部長の3人で全国を飛び回ったのは、今でも良い思い出ですね」

遊具の発注が盛んだった40年前と今では、もちろん時代背景も社会事情も異なるでしょう。それでもダイナミックな仕事ぶりや楽しさが伝わってくるのは、やはり山中の笑顔にあります。当時の様子を語るとき、ふいに柔らかな瞳が浮かんでくるのです。

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(当時のギネス記録を更新した「ムカデ雲梯」)

社長に就任して8年。山中が心がけているのは「現在のスタイルに合わせること」と言い切ります。例えば、ムカデ雲梯のような昔の成功体験。それはそれでもちろん素晴らしいけれど、その経験や手法をそのまま下の世代に押し付けるのは違う、と考えています。

「今の若い社員たちが日々出会う体験もまた、同じく素晴らしいはず。手法や時代や年齢が違うだけで、いつもニットは変わらない。昔の良い部分も大切ですが、今の若手の発想も大切にしたいですよね」

ハイブリッドな発想は、まさに気配りの人らしい経営スタンスです。

30年前から実践する「Nittoの健康経営」

国民の関心がスポーツや健康に向かう2020年は、遊具メーカーにとってもチャンスではないのだろうか――。そんな問いに対して、山中はこう語ります。

「じつはニットは、30年前から『健康経営』に取り組んできました。具体的に言うなら、社員が駅伝やゴルフなどのスポーツイベントに参加する際は、会社としてサポートしています。遊具メーカーである以上、『社員が健康であること』そして『楽しく遊ぶこと』を、いつも意識してほしいですからね。遊具メーカー初の健康器具を開発したのも、そうした成果だと思います」

Nittoには「いろどりフィットネス」「らくらく健康器具」など、幾つかのブランドがあります。主にシニア向けの製品ですが、これまで通りの「Nitto流」を貫いていけば必ずビジネスチャンスは訪れる、という自信の現れでしょう。

健康経営の狙いはもう1つあります。それは「社内のコミュニケーション向上」です。本社や営業所や工場など社員が各地に分散していると、滅多に顔を会わせない社員、話したことがない社員もいます。このギャップを埋めるのがスポーツというわけです。

「ちょっと仕事を離れて話さない?」
実際、スポーツイベントの効果は大きく、仕事がスムーズに回るようになったり、職場で笑顔が増えたり。年月を経るごとに参加率もアップしています。社員のなかで独自の動きが生まれ、例えば関西営業所が地元の駅伝大会に出場するようになったのも嬉しいことです。

会社を離れた‶個人的なつながり〟が密かに生まれていることもあります。あるとき、関西の社員が「どうしても東京のイベントに参加したい!」と言い出したことがあります。さすがにそれは会社のサポートが届かない範囲でした。

「仕方ないなあ。みんなでカンパして東京に呼んであげよう」
社員の有志で遠征費を工面したこともあります。

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(毎年参加している駅伝大会にて)

山中もまた駅伝大会に出場する1人。また、社員だけでなくその家族も参加するなど、Nittoの健康経営はじわりと広がっています。

「100年企業」に向けて

もし運命の赤い糸があるとしたら――。まさに山中とNittoは糸で結ばれていたのかもしれません。というのも、若き彼がNittoに就職したきっかけは、偶然目にした‶とあるイラスト〟でした。

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(遊具をつくり続けて42年の「羽村工場」)

「たまたまリクルートの分厚い資料を見ていたら、ニットの羽村工場の完成予想図が載っていたんです。『へえ、遊具をつくってるメーカーがあるんだ』と、新鮮な感動を覚えました。確かに公園に遊具があるのだから、それをつくってる企業があるはず。そのとき初めて、遊具メーカーの存在を知り、ニットという会社に興味を持ったんです」

今から42年前、1978年の話です。完成予想図の壮大なイメージに魅了されたと、山中は語ります。彼が入社したのは、その翌年のこと。まだ完成していない‶未来の工場〟が彼を引き寄せたのです。そして昨年、創業80周年を迎えたNittoは念願の新社屋に移転し、新たな気持ちで業務をスタートしました。

未来の工場に魅せられた張本人が、今度は100年企業に向けた‶未来のNitto〟の礎をつくったのです。何となく不思議な巡り合わせを感じます。

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(新たな社屋で歴史を刻みはじめた「Nittoの新社屋」)

新社屋への移転を終え、節目である100年企業も見えてきた現在、改めて山中にNittoの未来を尋ねました。

「100年とかオリンピックとか、特に意識はしていないです。常に考えるのは『ニットは人で成り立っている』ということ。システムでもなくPCでもなく、社員がすべてです。みんな真面目で、『お客さまに嘘をつきたくない』という考えが徹底しています。マニュアルでも社員教育でもなく、そういう‶普通の想い〟が浸透している会社というのは、やはり今の時代では貴重ではないでしょうか」

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(気配りと、人と、遊具が大好き――代表取締役社長 山中慎吾)

家族や子どもに自慢できる製品を提供していきたいというのは、社員共通の想い。山中は思い出したように、最後にこう付け加えました。

「ニットは長い歴史があり、お客さまとのコミュニケーションはしっかりできています。欲を言えば、部署と部署だったり若手とベテランだったり、社内コミュニケーションがもう少し活発になることを願っています。ニットにはその力がありますから」

山中の柔らかな微笑みが、全国の子どもたちへ届くことを願っています。


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