日本初のインクルーシブ遊具、ついに砧公園にデビュー!――「営業部 橘隆行」

更新Nittoの職人たち

偶然なのか、はたまた必然なのか――。Nittoという遊具メーカーは、その時代その時代において‶画期的な製品〟を発表してきた歴史があります。古くは、遊具メーカーとして初めて手がけた「健康器具」がそうですし、90年代に開発した「ユニバーサルデザイン遊具」も注目を集めました。

「あの製品もニットさんが初なの!?」
お客さまから驚かれるたびに、誇らしい気持ちがムクムクこみ上げてくるものです。こうした実績は、もちろん会社としての取り組みによるものです。ところが、実力というか運良くというか、毎回毎回こうしたシーンに深く関わっている営業マンがいます。

「本格的なインクルーシブ遊具は、ニットが日本初ですよ」
誇らしげに語るのは、営業部の橘隆行(62)。38年に渡って全国の公園に遊具を納めてきた、Nitto一筋のベテラン営業マンです。この春、彼は‶日本初のインクルーシブ遊具〟を東京の砧公園にデビューさせただけでなく、20年前には‶日本初のユニバーサルデザイン遊具〟に携わり、さらにその前は‶遊具メーカー初の健康器具〟を売りに売りまくったのです。

こうもチャンスが続くのは、ビジネスパーソンとして珍しいのではないでしょうか。彼の実力はもちろん、時代のチャンスを呼び込む‶何か〟があったのかもしれません。では、その何かとは何なのでしょう――。今回は、そんな「時代の波に乗った営業の職人」のお話です。

立ち上げ屋として各地を転々

「ニットに入社して2年目には、関西営業所の立ち上げに関わりました。ようやく仕事を覚え始めたばかりなのに、いきなり見知らぬ土地へ赴任。でも、時代が良かった。ちょうど日本は高度経済成長で、国民は健康ブームに沸いていて、それこそ飛ぶように健康器具が売れたんです」

橘がフフフと小さく笑ったのは‶飛ぶように〟というところ。聞き慣れた表現ですが、彼いわく本当に凄まじい勢いで売れたそうです。その理由は、おりからの健康ブームもありますが、最大のポイントはNittoが遊具メーカー初の健康器具を開発していたこと。

「健康器具と言えばニット」――。そんなイメージが広まっており自治体からの引き合いが強く、ほぼNittoの‶独占状態〟だったとか。事実、当時のNittoの売上げの3~4割を健康器具が占めており、いかに売れたか察しがつきます。

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(飛ぶように売れた「Nittoの健康器具」)

ブームは健康器具だけにとどまりません。当時、日本では全国各地に「学園都市」が誕生し始めていました。学校や企業が集積する新たな街づくりは、当然のように大きな公園も整備されることになり、これも橘の営業活動の‶追い風〟となりました。

「北神戸だったかな。学園都市ができることになったんです。新しいことをやろうという土地は勢いがあるから、新しい遊具を採用してくれやすいんですよ」

地域丸ごとNittoにお任せ――。そんなケースも珍しくなく、例えば姫路城大手門では全てのベンチをNitto製に入れ替えるなど、橘は‶好立地な案件〟でも次々と成果を残すことに。

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(すべてのベンチがNitto製となった「姫路城大手門」)

関西において営業所の立ち上げを無事に終えた橘。その後、東京の本社に戻ったのですが、埼玉エリアの売上げが落ち込んでくると、再び新たな営業所の立ち上げを任されることに。

ブームとなった健康器具を猛烈な勢いで売りつつ、会社の新たな拠点も次々と立ち上げる――。昭和から平成にまたいでNittoを支えた営業マンこそ、橘というわけです。

遊具市場にこだわるNitto

健康器具を開発するなど、常に遊具業界のパイオニア的な存在であったNitto。ほかの遊具メーカーは、土木事業に進出したり公共施設の設備を手がけたり、遊具以外の市場に進出する会社も少なくありません。そんななかNittoは、ひたすら遊具市場にこだわってきました。

「会社としてはちょっと不器用かもしれませんが、遊具という自分たちの得意分野で愚直なまでに専門性を磨くのがニットのやり方だと思うんですよ。その結果として、健康器具のようなヒット作が生まれたわけです。また、今では当たり前のように見かける、柵のカタチをしながらベンチとして座れる『ベンチ柵』なんかも、じつはニットが開発したオリジナル製品です」

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(目立たぬところにもNittoのアイデア「ベンチ柵」)

Nitto製品の強みとして、「ライフサイクルが長い」という評価が定着しています。とにかく頑丈で、滅多に壊れることがなく、このため30年前の製品が現役で動いているケースも少なくありません。遊具を維持管理する自治体にとってはコストがかからない‶優良製品〟であり、こうした「Nittoの安心感」が営業活動のうえで大きなアドバンテージになっていると、橘は語ります。

「ぶらんこやすべり台など基本的な遊具は、もはや機能的な変化はありません。では何が重要か。それは時代に合わせて変化することです。お客さまには気づきにくいですが、ぶらんこのシートや金具など、ニットは常に部材を更新して安全性やメンテナンス性を高めています。遊具という専門性にこだわり、基本に強いことこそニットの強みではないでしょうか」

Nittoの社風と同じく、どこまでも愚直な橘。「健康器具を売りまくりましたよ!あはは!」と楽しそうに語る姿から豪胆な性分かと思いきや、根っこはいたってマジメな営業マンなのです。だからこそ「遊具メーカー初の健康器具」だったり「ユニバーサルデザイン遊具」だったり、ビジネスマンとして‶時代の波に乗れた〟のかもしれません。

そんな橘が、またまた‶新たな波〟に乗ろうとしています。
それこそがこの春、東京の砧公園にデビューした「インクルーシブ遊具」。
日本ではまだ馴染みは薄いものの‶日本初の遊具〟として各方面から大きな話題を集める、まさに画期的な製品です。

世界標準になりつつある「インクルーシブ遊具」

「インクルーシブ」とは‶包括的な〟という意味です。欧米では「インクルーシブ教育」として語られるように、主に教育現場で広まる考え方です。そのコンセプトを一言で言うなら――。

「障害のある者も、障害のない者も、みんなで一緒に学ぼう」

学校のクラスも一緒なら、授業も一緒。お互いに違いを知り、助け合うことで、社会性やコミュニケーションを伸ばすメリットがあると言われています。この自由かつ公平な発想が「学びの場」を飛び出し「遊びの場」まで広がり、そうして誕生したモノこそが「インクルーシブ遊具」というわけです。

欧米の公園ではスタンダードになりつつありますが、長らく日本には存在しませんでした。インクルーシブという発想がちょっと難しく、また事例もなかったためです。ところが、ようやくこの春に‶日本初上陸〟を果たすことになり、それを営業マンとして主導したのが、他ならぬ橘なのです。
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(東京の砧公園にデビューした「日本初のインクルーシブ遊具」)

「きっかけは3年くらい前です。『これからはインクルーシブ遊具が来るらしい』という話を関係者から聞いたんです。発祥とされるイギリスはもちろん、アメリカでは法律で決まっている通り、欧米ではもはやインクルーシブ遊具は当たり前になっています。いずれ日本もインクルーシブ対応を迫られるのは明らかであり、ならば『ニットが日本初でやってやろう!』と思ったんです」

そう意気込んだものの、何事も日本初というのは簡単ではありません。それからの橘はまさに‶勉強漬け〟そして‶営業漬け〟の日々でした。勉強会に参加しては最新のインクルーシブ論を学び、大学教授からは障害者にかかる様々な学術的な知見を仕入れ、それと並行しながら遊具の開発をスタートさせました。

とりわけ遊具の設計では何度も修正の必要が生まれたそうです。例えば、車椅子を降ろすための「階段」。最初のプランではすべり台から離れたところに配置したのですが、先進国などの事例を勉強していくなかで‶間違い〟に気づいたそうです。

「車椅子の子どもがすべり台から滑り降りると、当然ながら『空っぽの車椅子』が踊り場に残りますよね? じゃあ、誰がそれを運んであげるのか。付き添いの保護者ですよ。でも、そばで遊んでいる障害のない子どもだって気付いてあげないといけない。自然と手伝うようになるべき。一緒に遊ぶということは、インクルーシブ遊具とは、そういう発想なんです」

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(階段の配置にもこだわりが詰まった「Nittoのインクルーシブ遊具」)

遊具の配置のみならず、デザイン面でも最新の理論が採用されているそうです。例えば、カラーリング。これまでの遊具は赤や青や黄色などポップな色が主流です。子どもたちが色を認識しやすく、また見栄えもキレイだからです。しかしインクルーシブ遊具では、グレーやグリーンなど落ち着いたアースカラーを中心にデザインされています。

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(むしろ新鮮に見える、落ち着いたデザイン)

「明るい色が見えづらい子どもがいるんです。また、過剰に反応してしまう子どももいるそうなんです。だから見た目にも刺激が少ないデザインにしています。突然走り出してしまう子どもを想定して、飛び出しを防ぐための境界柵もかなり大きく取っています」

そのほかにも、車椅子の子どもが自分で登れるようスロープの傾斜を工夫するなど、Nittoの日本第1号インクルーシブ遊具には‶知られざるこだわり〟がたくさん詰まっているとか。すべては手探りの開発であり、苦労の連続。それでも勝算を確信していたのは、やはり橘が‶時代の波に乗った営業マン〟だったから。過去にも同じような経験をしており、売り方や攻め方を熟知していたのでしょう。

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(日本インクルーシブ遊具の伝道者を目指す――「営業部 橘隆行」)

「Nittoの営業マンとして38年。こだわってきたのは『いつも世間の注目を集めたい!』という、遊具メーカーとしての野望です。こんな面白い遊具がありますよ、画期的な健康器具ができましたなどなど、常に社会に問うていくことは遊具メーカーの使命であり、それが‶ニットの生きる道〟でもあります」

じつは、橘は今でもインクルーシブの勉強会に通っており、「どう製品を進化させていくか」「子どもたちがより楽しく遊べるか」など日々勉強しているそうです。

その甲斐あってか、コロナ禍ではありますが、橘が主導したインクルーシブ遊具は大変な反響を集めています。子どもたちは真新しい遊具、これまで見たこともない遊具に熱狂しており、なかには子どもがいっぱいで‶遊具が見えない〟くらい人気を集める遊具もあるそうです。

常に進化したい――。
橘が持っている「時代を呼び込むチャンス」とは、じつは地道な積み重ねにあるようです。


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