1981年の入社以来、主に営業畑を歩んできた結城健治(64)。日都産業でのキャリアはおよそ40年、現在は監査役として経営全般を見守る立場にありますが、かつては営業部長として数々の製品を世に送り出してきた‶遊具マン〟としても知られています。
昭和から平成、そして次の時代へ――。長きに渡り‶遊具の世界〟を見てきた職人のお話です。
「単体の日都」をつくりだしたスマートな戦略
「コンビネーションはね、確かに見た目は豪華だし販売するのも楽しい。ただ、企業経営という面から考えると難しい面もあります。だから日都はあえて単体に力を入れた営業戦略を採用してきました」
コンビネーションとは、1つの遊具にすべり台やうんていやジャングルジムなどが付いた「複合的な遊具」のことです。国土が狭い日本、とりわけ都市の公園は小さなタイプが多く、必然的に遊具の設置スペースにも限りがあります。その点コンビネーションは、省スペースでありながら様々な遊びを1か所で提供できるメリットがあります。
一方の単体とは、すべり台やぶらんこやシーソーなど個別の遊具を意味し、1つひとつが独立しているタイプです。コンビネーションは目立つため存在感はありますが、普通の公園を見渡せば分かる通り、あくまでも公園の遊具は単体が主流です。
売上げを考えるなら、単価が高く自治体や子どもの人気も高いコンビネーションを販売する方が有利なはず。なぜ、結城はあえて単体に注力したのでしょうか。
「コンビネーションになると、どうしても遊具メーカーは頑張りすぎちゃうんです。それは必ずしも会社の利益に貢献するとは限らないんですよ」
コンビネーションは、複数のライバル会社がアイデアと価格を競うコンペが主流です。遊具を購入するのは主に自治体で、もちろん予算には限りがあります。ところが、各社はコンペに勝ちたい。そこですべり台を2本に増やしたり階段を螺旋にしたり、過当競争に陥りがちとなります。
ときに度を越した値段までディスカウントしたり、不要な遊具を追加したり――。これが結城のいう「頑張りすぎ」です。人間もそうですが、頑張りすぎればいつしか体も心も疲れてしまい、肝心の「遊具で子どもたちをワクワクさせたい」という日都産業のポリシーも失われてしまいます。
それを避けるため、営業のトップであった結城が選択したのは「単体で勝負」という逆張りの戦略。
くしくも1980年代から2000年代にまたいだ結城のキャリアは、日本社会の転換期とも重なります。子どもの数が減りはじめ、自治体の予算も減り、今では新しく開設する公園もすっかり減りました。もちろんコンビネーションは相変わらず健在ですが、今遊具の世界で主流となっているのは、遊具の改修だったり追加だったり、単体ニーズ。つまり、結城の戦略に時代が追いついてきたのです。
今では「単体の日都」という評価が定着しています。グローブジャングルに代表されるような優れた技術力、高いデザイン力、安心のメンテナンス力――。1つひとつの遊具に対する確かな自信と努力があったからこその営業戦略だったのです。
どれだけのリスクを子どもたちに与えられるか
リスクという言葉は、一般的には「危険」と訳されます。例えば食品メーカーのリスクは体調不良などを引き起こしますし、自動車メーカーであれば、リスクは死にも直結する問題。あらゆる企業にとって、リスクは可能な限り避けるべきものです。
ところが、国土交通省が提唱しているように、遊具メーカーが考えるリスクはちょっと異なります。
「リスクとは‶冒険心〟あるいは‶チャレンジ精神〟と訳すべきで、ややおかしな言い方になりますが、遊具にリスクは必要なんです」
遊具とは、子ども自ら積極的に向き合い、楽しむための道具。使い方を誤ればケガをするし、遊具の素材や形状をきちんと把握できないと、思わぬ事態に発展することもあります。
「リスクゼロの遊具って、本当に面白いでしょうか?」
リスクを抜きにして遊具は存在しない。相応のリスクがあってこそ遊具は面白い。こうした考えが結城の根底にはあります。
他方、遊具メーカーとして絶対に避けなければならないテーマもあります。それは「ハザード」と言います。意味合いはリスクと似ていますが、‶子どもが想定できない危険〟という点ではリスクと決定的に異なります。子どもが想定できないものを、私たち大人が売ってはいけない――。
「だからね、子どもが常にワクワクするような、ドキドキするような、必ず克服してやろうと燃えるような‶リスクを最大限にまで高めた遊具〟を売りたいんです。言い換えれば、どれだけの冒険心とチャレンジ精神を子どもたちプレゼントできるのか。子どもと営業マンの勝負ですよ」
遊具の営業マンとは、単に遊具を売っているのではない――。
営業への強いこだわりがあればこそ、日本の公園はユニークで充実しているのかもしれません。
バブル期の傑作と、現代の名作
会社の成長のために働いた、営業部長としての結城。
子どもの冒険心をくすぐるため全国を駆け回った、営業マンとしての結城。
もう1つ忘れてならないのは、個人としての結城――。
「一番印象に残っている仕事? そりゃあ、バブル期のデカい仕事ですよ。今じゃありえないほど豪華で派手で、設置するのに3ヶ月もかかった大仕事ですからね」
豪快に笑う結城は、監査役でも元営業部長でもなく、単なる遊具が大好きなワンパク坊主のよう。しかし、今改めて見ても、その大仕事には驚かされます。
(メルヘンにしてゴージャスな遠景)
(森のなかにひっそり佇む階段)
(リスクを追求した冒険的な造作)
(天空と森をつなぐすべり台)
度肝を抜く巨大スケール、思わず見惚れる独創的デザイン、変幻自在なアプローチ、贅沢に散りばめられた遊具の数々――。まるでお城のようにそびえ立つ姿は、大阪府営公園「大泉緑地」のシンボルとして、今も多くの人々を魅了し続けています。「単体の日都」と言いつつ、コンビネーションにかける技術力やデザイン力は、営業マンの誇りでもあります。
ちなみに、結城が仕事を抜きにして好きな製品として挙げたのは、バブル期のコンビネーションから比較からするとちょっと意外な製品です。
ボリューミーな雰囲気と高いデザイン性、何よりベンチとしての存在感がお気に入りの「背のばしベンチ」。
遊びを限定しないぐにゃりと曲がったデザインが子どもの想像力と冒険心をかきたてる「おおなみこなみ」。
100年後に実現したい「夢のような遊具の街」
現在は、監査役として日都産業を支える結城。営業の一線から退いたものの、遊具にかける情熱や日都産業への期待は尽きません。
「子どもの頃、誰でも一度は『お菓子の家に住んでみたい』と思ったことがあるでしょう? 家全体がチョコレートとか飴とかのお菓子でできている、例の夢物語のようなやつ。あれと一緒でね、街全体がカワイイ遊具、カッコイイ遊具で溢れた‶遊具の街〟をいつかつくってみたいと本気で思ってるんですよ。100年後でもいい、そこに我々、日都産業が関わっていたら、これほどワクワクすることはないですね」
(遊具の街を目指す監査役 結城健治)
日都産業の社員はみな、そもそも遊具が大好きな人間ばかり。デザインに関して熱い議論を繰り広げたり、自分の趣味の延長で遊具をつくってしまったり。よく言えば‶遊具マニア〟な職人たちでいっぱいです。
夢のような遊具の街――。いつか見てみたいですね。