「そうですねえ、今の遊具は昔に比べて安全面が大きく進化したのが特徴でしょうね。利用者にとっては便利で優しくなりましたよ。ただ、それだけメンテナンス泣かせの‶複雑な製品〟も増えましたけどね...」
そう言って苦笑するのは、メンテナンス部の岡本真(47)。無骨な雰囲気とは対照的に、柔和な笑顔が印象的な、日都産業きっての‶頭脳派メンテナンスマン〟です。遊具の安全を守るメンテナンス部は約19年ですが、その前の8年は設計士として図面を引いていた異色のキャリアの持ち主です。
遊具の設計からメンテナンスまで――。遊具のあらゆる側面を知り尽くした‶2つの顔を持つ職人〟のお話です。
多忙を極める「点検ビジネス」
「メンテナンスって言うと、エレベーターやパソコンがそうですけど、日々きちんと動くための‶保守管理〟といったイメージが強いですよね? でも、遊具のメンテナンスは少し違うんです」
この遊具は壊れないだろうか――。
公園に設置し続けて問題はないだろうか――。
要は‶点検〟です。というのも、いったん設置されたら安全に動き続けることを前提にしているのが遊具という製品。よほどおかしな使い方をしない限り、何の支障もなく動くようにつくられています。
とはいえ、年月が経てば素材は劣化しますし、接合部分や接触が多い箇所は摩耗の進行も早くなります。遊具の安全を考えると、やはり定期的なチェックは欠かせません。
さて、そんな遊具の点検ですが、基本的には‶公園単位〟で行います。どういうことかと言うと「A公園の点検」が済んだら、次は「B公園」「C公園」といった具合です。つまり、1つの公園にはすべり台からジャングルジムまで様々な遊具があり、それらをまとめて点検しているのです。
でも、ここで1つの疑問が生じます。
公園にある遊具のすべてが、私たち日都産業の製品なのでしょうか――。
「他社製品の点検をすることも多いですよ。というより、むしろ自社製品だけという方が稀です」
1つの公園にはいろんな会社の遊具が設置されています。例えば、ぶらんこはA社だけどシーソーはB社のように。このため自社製品だけでなく他社製品まで‶点検〟するのが常です。わざわざ他社製品の点検をするなんて、何だか損している気がしないでもないですが、岡本は笑いながらこう付け加えました。
「点検そのものがビジネスなんです。1つの公園を丸ごとチェックして売上げになる仕組みなので、どこの製品であろうと関係ないんです」
当然ながら、いろんな会社の製品を点検していると見えてくるもの、気づくこともあるはず。
「私たち日都産業の製品には3つの特徴があります」
では、メンテナンスマンだからこそ知っている「3つの特徴」とは、何なのでしょう。
「点検しやすい」「頑丈」「ディテールに強い」
点検は想像以上に忙しい作業であり、平均すると1日に5~6つの公園を回ります。仮に1つの公園にある遊具が4~5台とすると、最大で「5台×6公園=30台」もの遊具をチェックしなければなりません。仕事にはスピードと正確性が求められるわけで、それを左右するのは‶遊具の質〟です。
「うちの製品は、まず何より点検がしやすい。簡単なつくりというのでなく、後々のメンテナンスまで考慮して設計されているからです。それと、不思議なくらいに頑丈かな。以前に点検したときとさほど状態が変わってないケースが多いのには驚きます」
遊具に問題がなければ点検は早く済みますし、問題があれば作業は滞ります。そこで明らかになるのが、遊具の見た目とか大きさとか面白さとかでなく、「将来のことを考えてきちっとつくっているか」という遊具メーカーとしてのスタンス。いわば、遊具に対するこだわりだそうです。
岡本は決して身内びいきでない証拠に、こうも付け加えました。
「これはうちのデメリットかもしれないけど、‶狭いなかに詰め込む〟のが日都産業の特徴でしょうね」
例えば、大きな土台をつくるのに他社が1メートル四方の材料を使うところ、日都産業は70センチ四方の材料を選んでいるとか。その方が造作や安全性が高まるらしく、要は、遊具のディテールにこだわるあまり単価が高くなる傾向があるそうです。
私たち日都産業にとってはコストアップですが、お客様にとっては良いこと。どうしても職人魂の方が優ってしまうようです。
「とりあえず乗ってみるか!」とパンダに乗る
冒頭で述べた通り、遊具メンテナンスにおける最大の使命は「使い続けていいのか」というジャッジメントです。具体的には、遊具をチェックして「経過観察」「修繕の必要あり」「緊急に修繕すべき」といった判断を下します。最悪の場合は「使用禁止」となります。
さながら病院の診断のようですが、ここには1つの問題があります。
「他社製品の場合、外から見ただけでは判断できないことが多いんです」
自社製品なら構造も素材もすべて把握しています。一方、他社製品はよく分かりません。つまり、一見安全そうに見えても、見えない部分に亀裂が入っていたり素材が劣化していたり、外見から判断できない危険が潜んでいるかもしれません。
となると、どのように判断するのか。
「とりあえず乗ってみます。ぶらんこでもシーソーでも、幼児向けのパンダさん型の乗り物だろうと、ひとまず乗ってみる。それから大きく揺らしたり限界まで漕いだり、子どもみたいに一通り遊びながら、動作に不自然な点はないか、異音はないかといった観点から探りを入れていくんです」
懸命にパンダを揺らす、作業着姿の大人――。
想像するだけで吹き出しそうになりますが、これも仕事。驚くことには、場合によってはその場で遊具を分解して中身を調べることもあるそうです。そうすることで構造上の課題や特性を把握し、隠れた危険などもいち早く発見できると言います。
また、設計士としての長いキャリアがあるため、点検を単なる‶作業〟で終わらせないのが岡本スタイル。
例えば、すべり台に雲梯(うんてい)や壁のぼりなどがついたコンビネーション型の遊具。点検の依頼は、古くなった‶ハシゴのみ〟だったとしましょう。でも、トータルな安全性を考慮すれば、‶ハシゴ以外の部分〟も気になってくるものです。
「ハシゴだけでなくデザインそのものを見直した方がいい」「今は大丈夫だけど、いずれ手すりの腐食も進むから壁まで一緒に検討すべき」など、設計士目線からの‶修繕提案〟を欠かさないそうです。
安全な遊具――。
その陰には、こうした想いがあるのですね。
「ずーっと、ぶらんこを眺めていたい」という密かな野望
遊具の安全を守るメンテナンスマン――。
面白い遊具をつくりだす設計士――。
2つの顔を持つ岡本。今は日々遊具のメンテナンスに追われる彼には、2つの野望というか願望があります。
「この遊具、ちょっとバラしてみたいな」
1つは、不思議な遊具や新しい遊具を見つけると、「どんな構造をしているのか」「どんな思想を元に設計されたのか」「どんな所にこだわりを隠しているのか」と興味が沸き、ついつい分解してみたくなるそうです。2つの顔を持つ職人らしい発想と言えるでしょう。
他方、もう1つの野望を語る彼の表情には、仕事とも趣味とも異なる不思議な気配が漂います。
「もう1つはですね、ただひたすらにボーっと遊具を眺めていたいです。ぶらんこでもいいしジャングルジムでも構わないんですけど、とにかく仕事として、時間の許す限り、ずーっと遊具を眺めていたいんです」
ぶらんこを1時間眺めつつ、ぶらんこに触れ、ぶらんこに座り、ぶらんこに揺られる――。そんな「ぶらんこ鑑賞」が野望であり願望と言う。
ところで、メンテナンスの様子を知る機会はなかなかないと思います。そこで今回は、自社製ぶらんこを通してメンテナンスのごく一部を簡単にご紹介したいと思います。
(1.ぶらんこを遠目にチェックする)
(2.ぶらんこの軸をハンマーで叩いたり、揺らしたりしながら強度確認)
(3.ぶらんこの座席をひっくり返して鎖の状態をチェック)
(4.ぶらんこの軸とくさりの接合部を確認)
(5.境界柵も裏までしっかり確認)
(6.軽く乗ってみて動作確認)
(7.本気で立ちこぎしてみる! 動作確認?)
(仕事を終え、ちょっぴり野望を味わう)
(メンテナンス部 岡本真)
もし、公園でぶらんこをじっと眺めている大人を見かけたら、それは私たち日都産業の岡本かもしれません。