北海道の景色は美しい。
という意見に関して、異論は少ないと思われます。キレイな畑があって、花畑があって、広大な牧場では牛たちがのんびりと草を食み、その背後には雄大な山並みが連なる――。その美しさは多くの人を魅了するのでしょうね。今や世界中からインバウンドを集めています。
さて、いくら自然豊かな北海道とはいえ、それらの景色すべてが‶まったくの自然な姿〟というわけではありません。畑は人間がつくるもの。牧場も人間がつくるもの。つまり、北海道らしい景色は‶人工的な姿〟という側面もあります。
あるいは、昔ながらの風景として近年注目を集める各地の里山。これもまた‶日本の伝統的な姿〟のようなイメージが強いですが、やはり古民家だったり井戸だったりと、そこには昔の人々の営みや工夫が介在しています。
私たちの暮らしのなかに溶け込んでいる「美しい景色」や「便利な場所」は、ともすると最初から‶そこに存在する〟かのような錯覚を覚えますが、その多くは人間によって「計画的につくられたもの」であるのです。
例えば、公園もその1つでしょう。
大きな広場のある公園。紅葉が見事な公園。海を見渡せる公園――。日本にはいろんな公園があります。ただし、それらは住民ニーズを把握し、必要な施設や遊具を揃えるなど、自治体が計画的につくっているもの。私たちは、知らずのうちに便利さや快適さを享受しているのです。
普段はこんなこと考えませんよね。公園という景色が、暮らしのなかにすっかり溶け込んでいるからです。むしろ「考えないこと」、言い換えれば‶昔からそこに存在するような自然さ〟こそ、公園の価値なのかもしれません。
杉並区の公園づくり
先日、杉並区が発行する広報誌(9月1日付)にユニークな特集記事を見つけました。サブタイトルは「未来の公園のカタチ」――。公園づくりに関して、どのような計画を持ち、住民のためにどんなサービスを考え、将来的にはどんな姿を目指しているのかといった、普段なかなか知ることのないテーマで書かれた記事です。
なかでも注目すべきは「公園区」という発想でした。要約すると、役割を持たせた小さな公園を地域に点在させ、その中心には、核となるメインの公園を据えるというもの。「区」と言う通り、‶公園全体を街に見立てた〟取り組みです。
具体的には「一休みできる公園」「イベントができる公園」「ボール遊びができる公園」「健康づくりができる公園」を点在させ、それらの中心に「メインの公園」をつくるという構想。ある公園ではシニアが健康づくりに励んだり、またある公園では、子どもが自由にボール遊びを楽しんだり。
公園区が実現すれば、それぞれの公園は利用者が増えるでしょう。公園と公園を行き来する利用者の流れも生まれるため、地域全体が活性化するメリットも見込まれます。さらには、それぞれの公園の役割が明確になるという意味では、これまで公園を利用しなかった人を呼び込む‶集客効果〟もあるのではないでしょうか。
ライド系の乗り物なら東エリア。時代劇の雰囲気を楽しむなら西エリア――。「公園区」という新発想は、どことなくテーマパークを彷彿とさせる楽しさ、そして夢を感じます。
早く歩いてみたいですね、すぎなみの公園区。
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